2008.5.30
第12回公開研究会報告
■日 時:2009年 5月30日(土)15時〜18時
■場 所:せんだいメディアテーク 7階スタジオa + goban tube cafe
■参加者:約40名
■テーマ:「地域を育む:地域のメディアと大学の役割」
■タイム・テーブル:
15:00-15:15 ご挨拶(メル・プラッツ事務局、せんだいメディアテーク)
15:15-16:00 プレゼンテーション
関本英太郎(東北大学大学院情報科学研究科)
16:00-16:45 プレゼンテーション
北村順生(新潟大学、メル・プラッツ運営メンバー)
16:45-17:00 コーヒー・ブレイク
17:00-18:00 コメント
佐藤和文(河北新報メディア局、地域SNS「ふらっと」運営)
ディスカッション
司会:水島久光(東海大学、メル・プラッツ運営メンバー)
■概 要:
第12回の公開研究会では、地域における市民の情報発信やメディア実践と大学の関係を考えるため、仙台と新潟での具体的な活動をご報告頂きました。あいにくの雨模様ではありましたが、会場のせんだいメディアテークのgoban tube cafeは、約40名の方にお集まりいただき、開放的な雰囲気の中で報告ならびにディスカッションを行いました。
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はじめに、メル・プラッツ運営メンバーで今年度事務局の水越伸さん(東京大学大学院情報学環)と、会場となったせんだいメディアテーク副館長(企画・活動支援室長)の佐藤泰さんによるご挨拶がありました。佐藤さんは、2001年にせんだいメディアテークが開館してから、市民がメディアを使って様々な活動をすることを支援してきた立場から、せんだいメディアテークの10年を振り返っての現状と課題についての思いを語られました。せんだいメディアテークでは、市民による映像制作などの活動は広がり、多く積み重ねてきているものの、アウトプットまではなかなか至らず、今後は、アーカイブされ眠っている作品を堀り起こし集約し活用していきたいという思いをいくつかの事例と共に話されました。佐藤さんのお話は、今回のテーマが地域を育むために市民と大学がいかにつながっていくのかを考えていくうえで、そのつながる場として機能する公共施設に関わる立場の視点が加わって、その後に展開される事例報告やディスカッションへのいい呼び水になりました。
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次に、大学の中にメディア・リテラシー・プロジェクトを立ち上げてこられた関本英太郎さん(東北大学)に、大学が市民とどのような活動実践をしてきたのかを報告していただきました。関本さんは、東北大学大学院情報科学研究科メディア文化論研究室として、仙台市の公共施設やケーブルテレビと協働して市民や生徒・児童を対象にしたメディアリテラシー実践とパブリックアクセスに取り組んでいます。また、メディアのプロと学生が共に学ぶ組織として「メディア研究機構」を立ち上げ、多くの研究会・学習会を開催しています。関本さんは、これらの活動内容と目的について話されました。
市民と共にメディア・リテラシー・プロジェクトをなぜやるのかについては、「時代を読み解くキーワード」「多様な価値観」「双方向性」「民主的な議論ができる場をつくっていく」の4つのポイントで話されました。作品制作のスタンスとしては、表にはみえない裏をとっていこうということで、例えば、毎年恒例のイベントで300人の人が熱い思いで参加しているJSF(定禅寺ストリートジャズフェスティバル)実行委員会の動きや、宮沢賢治がつくっていたお米(赤いお米)にこだわって米作りする人を一年間かけて追いかけてつくるそうです。大学として何をやり、何ができるのかについては、場や、機材、選択、ノウハウなどで、大学のお金で使えるものはみんなで共有していくという精神でいるそうです。
関本さんは、「メディアの質が問われる時代は、依然として続いているが、誰もがマルチメディア社会を生きており、メディアの恩恵なしには生活できない、「with in」の中で考えていくことが必要だ。大学の中だけでなく市民と共に学ぶような道探っていきたい。」と話され、今後の可能性と課題として、次の二つをあげました。可能性としては、大学の社会的性格である中立的、権威的、教育機関であることを活用していくこと、課題としては、大学はメディアのプロではなく、地域の行政、企業、市民団体などと連携していく必要性があるとして、そのためには、1.マスメディアとの協働性による「ともに学ぶ」しくみづくり、2.市民・学生の発信力を培い、高めていくことであり、大学の人間として指導できるようになっていきたいと思っていると話されました。
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北村順生さん(新潟大学)には、大学が市民と積極的に関わっていく事例として、2008年に立ち上がった学内プロジェクト「地域映像アーカイブ」について、地域からの情報発信や、地域文化や歴史の記録のみならず、映像を通じて地域のネットワークづくりを行おうとする試みについて報告していただきました。
はじめに、地域の映像をとりまく現状が「映像の地域的な偏り」「映像を共有していく『場』と意識の欠如」「公開された映像情報の分断」「地域への関心、注目」「地域を語る人材の不足」5つの課題や特徴にあるとしてプロジェクトをつくった背景について報告がありました。活動の柱は大きく3つ。1.映像アーカイブの構築:地域の「過去」を語る映像の発掘、収集、調査、保存。2.映像情報の記録:地域の「現在」を語る映像の収集、記録、保存。3.映像交流の場づくり:単なるアーカイブ、ストック、保存でなく、映像を公開・交流する場をつくり、新たな地域文化の再生産を計る。また、そうならないと大学が関わる意味ないのではないかと考えているとのことです。
これらのことを、大学だけでなく、市民と共に緩やかにネットワークづくりをめざしているそうです。おびただしい量の「プライベート」な映像空間ととコマーシャルな映像空間との間に「コミュナル」な映像空間が必要だと考えているそうです。 続いていくつかの旧六日町の江戸時代からつづく大地主の蔵から発見された映像資料を視聴しました。湿板写真の映像では、古い写真は肖像写真が多い中、演劇的な演出や構図を考えて撮影されていることがわかりました。乾板写真は、街の中、職人さんなど、地域の様々な風景を背景に老若男女いろんな人たちが写っているのが特徴でした。9.5mmフィルムは、1936年にできた映像で六日町に市がたっていて売り買いの様子を撮って編集されてました。ホームビデオの走りのような、大雪のまちの様子や、町の中を走る蒸気機関車、雪上運動会、楽隊、たこあげ競争など、当時の服装、くらし、様子がわかります。また、開業医の平賀洗一氏が撮影した海女へぐら島の海女さんの様子の映像は、女性のヌード映像で、他にも川での女性のヌードなど3作品ほどあるいうことでした。
北村さんは、六日町という地域の社会的・文化的文脈で考えることが大切であると言い、新潟は、蔵の文化があり、文人ネットワークがあって、豪雪地域の冬の楽しみは、俳句をつくって交流していく文化があったそうで、地芝居や村歌舞伎は、たびたび取締りの対象になり、芝居を通した関係づくりみられるということでした。そうした文化的コミュニケーションが背景にあるからこそ、現在と過去との関係が分厚く見えてきたりもします。
また、上映会を2009年に現地でもやろうという動きがあり、大学がすべてやるのではなく、地域の適材適所を活かして、大学は火付け役、仲介役としての役割があるということでした。
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二人の報告に続いて、司会の水島さんから、メディエーターとして大学は機能できているか、大学自体が持っている課題があると同時に大学が地域社会に役割、存在意義持っているのかという問題提起がされ、ディスションはコーヒーブレイクタイムに引き継がれました。
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後半は、河北新報の佐藤和文さんに前半の報告に対するコメントをいただきました。
佐藤さんは、冒頭に「コメントする余裕はない」と言う言葉で始まるくらい新聞の状況は厳しく、地域と連携していくためにはどうしたらいいかという課題に対して、新聞をとりまく危機的状況を話されました。新聞ばなれは若い人を中心に加速度的で、だからといってインターネットだけでいいのか、インターネット検索能力はみんな持っているか、インターネットに出てくる情報正しいか、というような問題意識を話されました。しかし、新聞は教育とつながるメディアであり、地方紙には基盤があり、方向を大事にしながらつくっていけば、まだ可能性はあると思っているということでした。
前半の二人の報告で感心したことは、地域に目線持っていることや、地域とどう関わっていくかという問題意識を持っていて、新聞記者=ジャーナリストの視点を持ち、しかも一人で向き合っていることでした。
新聞はなくてもいいという人がどんどん増えている中で、新聞のことばかり考えるというスタンスありえないということで、地域とどう向き合っていくかを考えながら、フリーペーパーやSNSなどを活用し、新聞だけでないということでつくっていきたいということでした。そして、今後は、関本さんや北村さん達と、一緒にやっていきたい、地域ともう一度、地方新聞社として関わっていこうというスタンスにいるとのことでした。こうした積み重ねによって、5年前は考えられなかった、地域活性化のキーマンになる人が自然に育ってくるしくみ考えたい、一緒にやることが大切であり、パートナーシップは無数にできると思う、やるべきことをやってなかった、ぜひ大学の皆さんと共に地方の仕事やっていきたいと熱い思いを語れました。
佐藤さんのコメントを受け、北村さんからは、地方紙として佐藤さんのコメントに同感しつつ、大学と地域メディアは逆境には強いし、基盤があるという意味ではライバルになるかもしれないという発言がありました。
関本さんは、新聞が危機的状況であることは認識している、今の状況では、いいジャーナリスト生まれないと思うから、自分たちでつくっていく必要があり、そのためにメディア教育機構をつくり、そういう意図で名前つけたと話されました。
青森放送の山内さんからは、こうした取り組みは、関わっている人達の理解がどれだけあるかが大きく、どうしたら、その理解を広げていけるかが課題であるという話がありました。
また司会の水島さんから、大学と地域メディアの連携でジャーナリストは育っていくのかという問題提起があり、関本さんや北村さんの教え子でもある鈴木さん(岩手新聞記者)から、大学とメディア関係の話になっているが市民の視点が抜けているように思う、岩手では高校生の放送活動全国的にさかんであるにも関わらず閉じた活動になっており、メディア関係との双方向になってない、地域で一緒になってつくっていくことが大事だという発言がありました。
水越さんからは、文化における政治の違いも考えていく必要がある、地域性の度合いが違ったり、人口の違いがある中で、その筋の人がいるとうまくいくという政治的な観点も大切だという意見もありました。
最後に、水島さんから、大学がどういう人材を送り出すのか、いかなる人材が育つのかで、関係性が生まれたり、可能性は広がると思う、そして、それぞれの立場からの政治性どう発揮していくかが課題であると結ばれました。
今回の研究会では、今後の大学と地域メディアの連携の方向性が見えつつも、地域をつくる主体である市民側の視点がやや欠けていたように感じました。地域に生きる市民は、地域社会を育んでいくうえで社会の全方向にアンテナを持っている重要なパートナーであり、大学・メディアという専門機関対市民という構図でなく、大学・メディア・市民がそれぞれの立場の視点やフィールド、智恵と技を活かしながら、一緒になって考え、つくっていくなかで、新たな視点と気づきが見出し、それぞれの立場での政治性を発揮し、枠組みを変えていけるような道筋が見えてくるのではないかと感じました。(報告者:高宮由美子/メル・プラッツ運営メンバー)